
#24 「同盟姉妹校」の連携をもう一度
たまたま名古屋の古書店から「津保美第八開」(明治23年10月20日)という小冊子を入手した。この小冊子については、創刊号というか第一開に新島八重が「「つぼみ」について」という一文を掲載していることから、記憶に残っている […]

#23 イザベラ・バードの証言
まさに「灯台もと暗し」だった。同志社女子大学のホームぺージを開いて、宗教部だよりの中のチャペルアーカイブ「130年を語りつぐ」を見ると、そこに宮澤正典先生の「W.S.クラーク、イサベラ・バード、ヘルマン・ヘッセ」という […]

#22 同志社女子大学の姉妹校
同志社女子大学の始まりを調べていて、同志社女学校が同志社分校であったことに気が付いた。新島の視点で見ると、女学校は当初同志社分校女紅場という名称でスタートしていたからである。英学校に次ぐ同志社二つ目の学校という意味であ […]

#21 「吉野山」歌について
みなさんは次の和歌をご存じだろうか。 吉野山花待つころの朝な朝な心にかかる峰の白雲 これは新島のエピソードの一つである「自責の杖」事件で引用された有名な歌である。同志社関係者には是非知っておいてほしい。大河ドラマ「 […]

#20 『同志社女子大学125年』を読んで!
平成12年(2000年)11月29日に『同志社女子大学125年』が発行されている(10月24日発行が望ましかった)。この本は同志社女学校創設以来の貴重な写真や文書等を収録した、それこそ貴重な資料集である。それ以上に、初 […]

#19 覚馬の『管見』について
戊辰戦争の際、薩摩藩(二本松)邸に幽閉されていた盲目の山本覚馬は、当時17歳だった野澤雞一(会津出身)に『管見』を口述筆記させている。この『管見』は、明治維新以降の近代日本の指針として、明治政府の施策に活用されたといわ […]

#18 「カタルパ」伝来経路の謎
同志社関係者が「カタルパ」を語ると、どうしても新島と徳富蘇峰の師弟愛に収束されてしまう。特に蘇峰の開いた大江義塾跡地に「カタルパ」が植えられていることから、新島と蘇峰の絆の象徴とされることが多い。それが、 「カタルパの […]

#17 「カタルパ」神話の由来
栄光館の前に「カタルパ」が植えられていることはご存じだろう。何故そこに植えられているかというと、その木に新島と徳富蘇峰の師弟愛神話が託されているからである。この「カタルパ」神話を最初に指摘されたのは、同志社大学・末光力 […]

#16 「鵺(ぬえ)」と呼ばれた八重
八重の逸話の中で必ず紹介されるのが、「鵺(ぬえ)」というあだ名で呼ばれたことである。誰に付けられたかというと、どうやら徳富蘇峰だったらしい。当時まだ学生だった若き蘇峰は八重のことを、「今から考ふれば、如何にも子供らしき […]
執筆者プロフィール
吉海直人(よしかいなおと)
同志社女子大学名誉教授。
1953年長崎県生まれ。國學院大學、同大学院を修了。博士(文学)。
専門は平安時代の文学、特に源氏物語や百人一首の研究をライフワークとしている。
同志社女子大学日本語日本文学科に35年勤務し、2024年3月に定年退職。
著書に『源氏物語入門〈桐壺巻〉を読む』(角川ソフィア文庫)、『百人一首の正体』(角川ソフィア文庫)、『定本新島八重伝』(武蔵野書院)などがある。
