【三世代インタビュー】三世代で受け継ぐ、「人のつながり」と「学び」。

1971年 卒業
小泉 明子さん
学芸学部 英文学科
1998年 卒業
小泉 綾子さん
学芸学部 日本語日本文学科
2023年 卒業
小泉 瑞稀さん
表象文化学部 日本語日本文学科
祖母、母、娘と三世代にわたって同志社女子大学で学んだ小泉さんご一家。
それぞれの時代で出会った仲間や先生とのつながりは、卒業後も人生を支える大切な財産となっています。
三世代だからこそ見えてきた同志社女子大学の変わらない魅力と、時代とともに進化する姿についてお聞きしました。

(写真左から 瑞稀さん、綾子さん、明子さん)
Ⅰ.同志社女子大学への進学の動機やきっかけをお聞かせください。
小泉 明子さん(以下、「明子さん」):高校時代から英語が好きで得意だったことと、京都の大学で学びたいという思いから同志社女子大学へ進学しました。当時は女性の大学進学が今ほど多くない時代でしたが、今ふり返ると、地元の福井県を離れ、学んだ4年間は長い人生の中でも特別な意味を持つ時間だったと感じています。

小泉 綾子さん(以下、「綾子さん」):幼い頃から母(明子さん)の同級生と接する機会が多く、学生時代の思い出話を聞き、卒業後も続く交流を見てきたことが、自然と志望動機につながりました。母と京都を訪れるたびに、「ここが同女のキャンパスよ」と教えてもらい、「大学と言えば同志社女子大学」というくらい、私にとってはとても身近な存在になっていました。また、「日本語教育を通して海外の方とつながりたい」との思いがあり、当時としては先進的なカリキュラムで、専門的に学べる日本語日本文学科に魅力を感じ、ぜひ入学したいと心に決めました。
小泉 瑞稀さん(以下、「瑞稀さん」:実は、母(綾子さん)や祖母(明子さん)から「同女に入れば?」と勧められたことは一度もありません。ただ、小さい頃から母の同級生の皆さんと接する中で、「こんなに面白くて魅力的な人たちと出会える大学なんだ」と感じていました。思えば、その頃から知らず知らずのうちに、同志社女子大学での学生生活にあこがれていたのだと思います。そして、国語が得意だったことと日本文学への興味、さらに自由な校風にも惹かれて、日本語日本文学科への進学を志望しました。

Ⅱ.学生時代について印象に残っている思い出は何でしょうか?

明子さん:入学後2年間は、当時今出川キャンパス内にあった、常盤寮の寮生として過ごしました。3人一部屋で先輩と生活を共にし、礼拝や食前のお祈りを行うなど、経験のないことばかりで当初はとまどいもありました。でも、寮母の先生が温かく見守ってくださり、先輩方が生活の基本から学生生活までさまざまなことをきめ細かく教えてくださいました。日々の暮らしをきちんと整え、丁寧に過ごす習慣は今も私の中で大切な基盤となっています。また、卒業から半世紀以上が過ぎた今も交流が続く、寮生活を共にした友人たちはかけがえのない宝物です。
綾子さん:私も入学後一年間は、近鉄京都線の大久保駅最寄りにあっためぐみ寮で暮らしました。全国から集まった仲間はみんな個性豊かで、自分の興味や目標を大切にしながら、お互いを認め合える雰囲気がとても心地よかったですね。当時はパソコンや携帯電話もなく、寮の門限の後はよくみんなで授業の話や、将来について語り合いました。2年次からは同志社大学の公認サークルである雅楽会に参加したため、活動時間の関係で寮を出たのですが、篳篥(ひちりき)という縦笛を担当し、フランスに1カ月渡ったり、京都の神社で演奏したりと活発に活動しました。寮と課外活動を通して、心通じ合う仲間と出会い、自分らしく挑戦する姿勢を学べたことは私の人生の大きな糧となりました。
瑞稀さん:私は寮には入らず下宿をしていたのですが、人とのつながりという点では、祖母や母と同様、魅力的な友人たちと出会うことができました。それぞれが興味のあることを思い切り追究していて、無理に人と合わせる必要もなく、「みんな違って当たり前」という空気がありました。そうした学生たちが集うことで、同志社女子大学らしい自由で温かな校風が受け継がれてきたのだと感じました。一方で、同志社女子大学には、授業以外にも学生支援課主催の京料理食事マナー体験や、同志社女子大学同窓会《Vineの会》主催のテーブルマナー講座、アフタヌーンティー講習会など、教養を深めるさまざまな学びの機会がありました。好奇心いっぱいの友人が多く、声をかけるとすぐに集まって一緒に体験できたことも楽しい思い出の一つです。
Ⅲ.卒業後に感じる、同志社女子大学の魅力とは何でしょうか?
明子さん:娘(綾子さん)と孫(瑞稀さん)の卒業式やホームカミングデーで今出川キャンパスを訪れるたびに、私が通っていた頃とは見違えるような、新しく快適で充実した施設へと進化していることに驚きます。母校に活気があり、発展し続けていることをうれしく感じています。そして、そんな中にも、栄光館やジェームズ館のように歴史ある建物が変わらずシンボルとしてあることに、懐かしさや安心感を覚えます。さらに、卒業式では厳かな雰囲気に触れ、受け継がれてきた伝統をあらためて感じます。

訪れた明子さんと綾子さん。
(ご家族様提供)
綾子さん:卒業後は主婦をしていた期間もあり、地元の短大に入り直して保育士の資格を取るなど、さまざまな経験を重ねてきました。現在は父の跡を継いで、家業の会社の経営に携わっています。人生の変化の中で励みになっているのは、やはり同志社女子大学時代の仲間の存在です。海外で日本語教育に携わり、帰国後も教員として活躍している友人など、自分の信じる道を歩む姿は大いに刺激になっています。また、会えば学生時代に戻って、当時と変わらず打ち解けて話せる友人との交流は、私の心を温かく支えてくれています。
瑞稀さん:在学中は、古典文学を学びつつ、日本語学にも興味が広がりました。また、学内での講義以外にも、京都の街でフィールドワークを行うなど多彩な授業を受講することで、新たな視点も得ることができました。卒業後は、金融業界に就職。学生時代に学んでいた内容とは異なる分野でしたが、論理的な思考や、「なぜ」を突き詰めて考える姿勢が大いに役立ちました。また、子どもの頃から図書館が大好きだったこともあり、在学中にメディア創造学科の授業で図書館司書の資格も取得しました。現在は結婚を機に退職していますが、今後の長い人生の中で、同志社女子大学で得た経験や学び、資格などが生かされる場面がきっとあるのではと感じています。


同志社女子大学創立150周年にあたって
卒業しても帰ってこられる大学であり続けてほしい。
明子さん:卒業して50年以上が経ちましたが、同志社女子大学には今でも、「帰ってきた」と思える安心感があります。卒業後も寮で出会った友人との交流は続き、今でも会えば学生時代に戻ったように話が弾みます。ホームカミングデーなどを通して、大学とのつながりも続いています。これからも卒業生がいつでも母校を訪れ、世代を超えて交流できる温かな大学であり続けてほしいと願っています。
人とのつながりを育む伝統を、これからも大切に。
綾子さん:同志社女子大学には、学びだけではなく、人とのつながりを育む文化があります。学生時代に出会った仲間や先生とのご縁は卒業後も続き、娘(瑞稀さん)も同じ大学で学ぶことで、新たなつながりが生まれました。150年もの間受け継がれてきたこの校風を、これからも大切に守り続けてほしいと思います。
次の世代にも、自分らしく挑戦できる場所であってほしい。
瑞稀さん:私の学生生活は、「楽し過ぎて、このまま終わらなければいいのに」と思うほど充実したものでした。その支えとなっていたのは、総合大学でありながら、先生が学生一人ひとりに寄り添い、個性や挑戦を応援してくださる校風にあったと感じています。これからも多くの学生が自己を確立し、自分らしい一歩を踏み出せる大学として続いていくことを期待しています。


明子さんと母娘で記念撮影。(ご家族様提供)