
#8 『新島襄全集8年譜編』から見た山本覚馬
『新島全集』は参考書として大変よくできています。大抵の資料が活用・掲載されているからです。試みに年譜編に出ている山本覚馬をピックアップすると、明治8年4月上旬(日付不明)に、「槙村の紹介で山本覚馬に会い、学校設立につい […]

#7 同志社女学校の初代校長は誰?
同志社女子大学は女子塾として始まった。その女子塾(京都ホーム)は私的なものだったので、公的な認可など受ける必要はない。だから女性宣教師のスタークウェザーがヘッドとして運営しても問題なかった。ところがそれを正式な学校(女 […]

#6 スタークウェザーの「5月2日」
同志社の歴史に詳しい本井康博先生は、「同女誕生のブラックホール」あるいは「同女創立をめぐるミステリー」として、同志社女子大学の創立記念日の可能性は16通りもあると指摘しておられる。これはとんでもない数である。もちろん有 […]

#5 大阪から京都へ─新島襄の同志社設立
新島はキリスト教の学校を設立するために日本に戻ってきた。横浜は既に他の教団が進出していたので、横浜での学校設立は論外だったようだ。そこで新島は、アメリカン・ボードの宣教師ゴードンがいる大阪の川口居留地に赴いた。もう一か […]

#4 同志社女子大学の創立記念日は11月29日か?
令和8年に同志社女子大学が創立150周年を迎えるにあたって、本学の始まりをあらためて考える中で、創立記念日についてあれこれ調べてみた。そんな中で令和7年の創立記念日がやってきた。さて10月24日にはどんな創立記念行事が […]

#3 女学校創立の功労者は誰?
女学校にしても、新島と覚馬とデイヴィスの三人で創立したといいたいところであるが、女学校は英学校の創立とは大きく事情が異なる。最大の相違点として、創立に際して新島の関与が希薄なことがあげられる。従来は英学校同様、新島が創 […]

#2 初期同志社経営のからくり
学校経営で一番お金がかかるのは人件費である。だから教師の数と学生の数のバランスが大事なのである。最近は18歳人口の減少により、撤退する大学が増えてきた。現在日本には国公立私立含めて800もの大学があるが、その半数では既 […]

#1 同志社の創立者は三人!
同志社の創立者は誰?と質問されたら、即座に「新島襄」と答える人がほとんどであろう。そう教わってきたのだから当然である。だから最近になって新島が単独で創立したのではなく、新島と山本覚馬とデイヴィスの三人が力を合わせて創立 […]
執筆者プロフィール
吉海直人(よしかいなおと)
同志社女子大学名誉教授。
1953年長崎県生まれ。國學院大學、同大学院を修了。博士(文学)。
専門は平安時代の文学、特に源氏物語や百人一首の研究をライフワークとしている。
同志社女子大学日本語日本文学科に35年勤務し、2024年3月に定年退職。
著書に『源氏物語入門〈桐壺巻〉を読む』(角川ソフィア文庫)、『百人一首の正体』(角川ソフィア文庫)、『定本新島八重伝』(武蔵野書院)などがある。
